【まさかの出来事】母が急逝で行った手続き怒涛の3日間

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母の急逝の一報

「お母さんが…」

仕事中にスマホの長時間の着信があり、画面を見ると、普段は滅多にかけてこない叔父の着信でした。何事かと思い、電話に出るとそこにある声は父のものでした。

内容は母が亡くなったことの連絡でした。ゴールデンウィーク前の月末処理の仕事の波で頭がいっぱいだった私は、その瞬間、脳が現実を受け入れるまでに数秒かかりました。

ただ、冷静に対応できたのは目の前に同僚がいたからです。

母が亡くなり2ヶ月が経った今でも、あの3日間は「怒涛」という言葉がぴったりかもしれません。やることが次々と降ってきて、悲しみを感じる間もなく、手続き・手続き・手続きの連続でした。

実は、この3日間が終わった今も、関係手続きはまだ続いています。でも、最初のこの3日間を乗り切ったことで、その後の対応がどんなに楽だったかと感じています。

今回は、同じ立場になった人たちに向けて、「親が急死したときに、最初の3日間で何をするのか」を、ぶっちゃけた話を交えて紹介したいと思います。身近な家族が突然いなくなった悲しみと、やることの多さに圧倒されている方がへ少しでも「こういうステップなんだ」って見通しが立つといいなと思います。

1日目:「とにかく動く」

まずは、目の前のことをこなす

冒頭にあるように、連絡を受けた際は職場で仕事をしていました。

午前中の叔父の携帯からの連絡を経て父からの連絡に、とにかく「今は冷静に」と自分に言い聞かせ、弟と妹に連絡し状況を伝え、私は即座に職場に「親が急死しました」と報告を行いました。

上司も状況が状況だけに「こっちのことは大丈夫だから」と言ってくれました。しかし、ちょうど月末処理とGW直前の繁忙期だった。本来なら長い時間休むことは難しい状況です。職場でも一人職であるため、「仕事は続ける」と判断した私は(今思うと無理がありますが)、ひとまず必要な月末処理を2時間で片付けてから、実家へ向かいました。

こんなこと考えるのは冷たいかもしれませんが、すでに亡くなってしまったということを聞いた時点で、「誰かに仕事の迷惑はかけたくない」と判断したのかもしれません。

2時間の仕事をしたお陰で、月末処理については何とか乗り切れました。

ただ、職場を後に後にして車に乗り込んだ時は、たくさん声を出して泣いてしまいました。

実家到着~書類探しから始まる

実家の近くに住んでいる弟は仕事を休んで、先に駆けつけてくれて、救急車や警察の対応を先にしてくれていました。遅れて私と妹が合流となり、ある意味作戦会議が始まりました。

父は90代で、若干混乱もしていて何もできない状態でした。一緒にいてくれた叔父から状況を確認し、私たちがすべてをリードすることになったことが確定しました。

当たり前ですが、今は何でもネット検索ができる時代です。

「母、急死」と打てばいろんな項目が出てきます。しかし、各家庭で状況が異なります。あくまでも目安として、我が家の状況を考えて行っていくことにしました。

まず、母の身分証明書類を探した。

  • 免許証(あった)
  • マイナンバーカード(あった)
  • 印鑑(あった)
  • 年金手帳(見つからない…今も探してる😅)
  • 通帳(複数枚、見つけた)

実は、ここからが重要だった。

母にお金がないことが予想されたから、私は母の銀行通帳をすべて探し、翌日以降に5つの金融機関に連絡することを決めた。これがFP知識を活かせた瞬間だった。

1日目にやったこと

  • 叔父さん(母の弟)に来てもらった(片道1時間…ありがとう)。お車代として5,000円をお渡しした。
  • 父の様子を確認。
  • 保険会社に電話(母の生命保険の対応をするため)
  • 車の保険会社に電話(自動車保険の変更手続きについて)
  • 3きょうだいで「明日の役割分担」を決めた

実は、この「役割決め」がめちゃくちゃ大事だった。後で「えっ、あの手続きしてなかったの?」ってならないために。

2日目:「手続きが本格化する」

死体検知書の発行は45,000円!?

2日目、弟と一緒に警察署へ。

死亡診断書は1万円くらいだと思っていましたが、まさか、自宅で亡くなった場合は死体検査書が必要だとは全く知りませんでした!

発行手数料は45,000円でした。しかも現金払いのみしか対応しないとのこと

銀行は開いてない時間でしたので、急いでコンビニへ。ATMで45,000円を下ろして、病院へ。

「親が自宅で亡くなった場合は、死体検査書が必要で、結構な金額がかかる」という事実、知ってる人は少ないと思います。

警察署から葬儀会社へ

死体検査書を持って警察へ行きました。ここで母のご遺体と一緒に手続きをして、ようやく葬儀会社への搬送が決まりました。

「えっ、ここまで来るのに丸一日かかるの?」って感じだが、実はこれが正規のステップではないかと考えました。

葬儀会社での打ち合わせは想像以上に時間がかかった。葬儀内容の選択、日程、費用…夫にも連絡しながら、進めていった。

2日目のテレビ電話ラッシュ

葬儀会社での打ち合わせの傍ら、私と妹は金融機関へ電話をしました。

  • 金融機関5件に電話(母の預金状況を確認し、今後の対応を聞く)
  • 市役所へ電話(年金停止の手続きについて。弟が対応)
  • 母の飲食店関連
    • 冷凍庫のリース会社に電話(契約解除の手続き)
    • 保健所に電話(飲食店の販売許可停止、食品衛生保険の停止手続き)

ここで気づいたことは、母が飲食店をやっていたため、通常の「親の死亡手続き」以上に複雑だったことです。

個人事業主が亡くなった場合の手続きは想像以上でした。税務署への届け出などは、これは2日目では完結せず、今も現在進行形の課題になっています。

3日目:「えっ、仕事に行くの?」

3日目、私は仕事に半日出勤しました。

3日目でもう仕事に行く?と思われるかもしれませんが、月末処理の都合上、どうしても行く必要がありました。しかもゴールデンウィークの真っ最中でした。

職場にだれもいない方が集中して仕事に没頭できたことも大きいです。

  • 葬儀代の最終確認
  • 西松屋で我が子の喪服を購入(子どもの喪服、意外と置いてない店が多いものです)

この日の夜、ようやく「あ、お母さんはもういないんだ」という現実が、ちょっと腑に落ちた気がした。

【怒涛の3日間で気づいたこと】

分担の大切さ

3きょうだいで役割を分けたから、なんとか乗り切れた。もし1人だったら、この3日間で心身がぶっ壊れていただろう。

  • 弟:市役所、年金停止など公的手続き
  • 妹:生命保険会社との対応
  • 私:銀行・金融機関、個人事業主関連

それぞれが自分のペースで進められたから、実は効率よく進んだ。

「現実に追いつかない心」

3日間、本当に悲しむ時間がなかった。次々と手続きが降ってくるから、機械的に進めるしかない。

今、2ヶ月経って思うのは、その「悲しむ時間がなかった」ことが、良かったのか悪かったのか、まだわからない。でも、やらなきゃいけないことはやった。その達成感だけは、あった。

「40代ワーママの体力、すごい」

月末処理、ゴールデンウィーク前の準備、親の突然の死、3日で手続きをこなす、3日目に仕事に行く…

「なんで私、こんなことできたんだろう」って、今も不思議に感じます。でも、やるしかなかった使命感もあったと思いますし、子どもがいるから、仕事があるから、父がいるからと考え、泣いている暇は無いから、とにかくやる!

その「やるしかない」が、私を動かしてくれたと思います。

次の戦いはここからだ

正直に言う:3日間で終わらない。

葬儀が終わっても、相続手続き、税務手続き、銀行の口座解約、不動産の名義変更…やることはまだ山ほどある。

2ヶ月経った今も、私は「親の死亡手続き」という名の戦いの途中だ。

だけど、この最初の3日間を乗り切ったことで、「あ、次はこんな感じなんだろう」という見通しが立つようになった。

不謹慎かもしれないけど、その見通しが、今の私を支えている。

まとめ

もし今、あなたが同じ状況にいるなら。

親の急逝は、本当に不公平で、理不尽だ。やることが多すぎて、心が追いつかない。でも、やるしかないんだ。

だったら、この記事が少しでも「こういうステップなんだ」という見通しを与えてくれたら、幸いだ。

親戚に頼れ。兄弟姉妹がいたら頼れ。仕事の人に頼れ。夫に頼れ。

1人では絶対にできない。でも、みんなで分担すれば、何とかなる。

次の記事では、2週間目以降の相続手続きについて書く予定だ。銀行口座の解約、不動産の名義変更、税務署への届け出…本当にここからが長い戦いだ。

だけど、一緒に進もう。

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